ピーロート家沿革(ドイツ)
ピーロート家の起源とブドウ栽培の伝統は、祖先であるハインリッヒ・ピーロートがシュトロームベルク村に居を構えたと記録に残っている1675年に まで歴史を遡ることができます。シュトロームベルク村は、現在先祖伝来の屋敷と本社が建っているナーエ地方のブルク・ライエンの隣りにあります。
農業とワインの販売を生業として(これはいまなお変わらないのですが)出発したピーロート家は、長年かけてブドウ畑の規模を大きくしました。そして 1732年、その後代々伝わることとなる大きな屋敷が建てられました。現在その屋敷は「カスタマー・トレーニングセンター」として利用されています。
1905年、当時の家長であったフェルディナンド ・ピーロートの日記によると、ちょうどその頃からワイン醸造がピーロート家の主要ビジネスになったと言われています。初めてワインがエステートにおいて瓶 詰された1926年は、ピーロート家のビジネスの新たなステップの幕開けでした。そして1928年には、すべてのワイン醸造に関連しないビジネスを中止し ました。ピーロート家所有のエステートの名声が増すにつれ、そこから産出される極めて上質なワインを他と区別することが必要となり、1930年、現在その 名も高きピーロート・イーグルのロゴが生まれました。このロゴは長い年月の中で何回もモデルチェンジされましたが、ピーロートの生産する「この上なく優 れ、素晴らしく高品質なワイン」を絶えず象徴し続けています。
第二次世界大戦はピーロート家のビジネスの着実な成長を混乱に陥れました。しかし、その後1953年、エルマーとクノー・ピーロートという若い世代 が陣頭に立ち、今まで先祖が取ってきた伝統的な販売方法からの脱却が図られました。彼らは、エステートを訪れ、テイスティングしてワインを購入される懇意 のお客様とピーロート家との間に長年培われてきた個人的な友好関係と信頼感を非常に大切なものと認識しました。そして、彼らはこのような信頼関係と友好関 係は、「セラー・テイスティング」に来てくださる人々だけに限定する必要はないと考えました。わざわざ地所まで足を運ぶことは多くのお客様にとって不便で あったのも事実でした。彼らは、お客様が好みのワインをお客様の家で、もしくは会社で、独りで、あるいは友人と一緒に一種の娯楽としてテイスティングして 選ぶことができる「ピーロート・ホーム・ワイン・テイスティング」を始めました。当時その手法は伝統に捕われた人々の間で革命的なものでしたが、現在では 鑑識力のあるワイン愛好家がワインを選ぶ際の「方法」として確立されています。
伝統の価値を重んじつつ、かつ一方では時代に歩を合わせることによって、ピーロートは世界 No. 1のダイレクト・セールス・ワイン会社となりました。現在でこそ国際化の動きは他でも押し並べて強力なスローガンとなっていますが、ピーロートは1958 年にすでに国境を超えてイギリスにピーロート社を設立するに至っておりました。1963年と1964年には、世界で最も伝統あるワイン生産国フランスとイ タリアに会社設立を成し遂げました。1969年には初めてヨーロッパ以外における事業が日本で展開され、直ぐそれにアメリカ合衆国(1970年)、オー ストラリア(1972年)、香港(1975年)が続きました。現在 ピーロートは、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、中国、チェコ共和国、デンマーク、フランス、ドイツ、英国、香港、ハンガリー、アイルランド、イ タリア、日本、ニュージーランド、オランダ、ポーランド、スペイン、スイス、アメリカ合衆国、大韓民国といった、世界21カ国で事業を営んでいます。
1975年、300周年記念を祝うため、そしてピーロート家が長い間変わらず居を構えてきたワイン醸造地の明確なアイデンティティーを確立するた め、さらに他に類を見ない、この上なく優れたピーロート家のワインを他のラインやモーゼル河畔のワインと区別するため、ピーロートはブルー・ボトルを作り ました。その後、「ピーロート・ブルー」として現在世界中に知られるようになったこのボトルに、ピーロートの素晴らしく上質でフルーティーなナーエワイン のすべてを瓶詰めするようになりました。
ピーロート・ジャパン株式会社沿革
日本はピーロート家が初めて、ヨーロッパ以外における事業展開を行った国です。日本におけるビジネスは、1968年にエルマー・ピーロート自身が1 週間の市場調査を行った後、1969年4月1日に始まりました。1969年3月23日、「日本でのビジネスチャンスを確かめる」ために送り込まれたのは ピーロート・ジャパン株式会社の創始者であるグントラム・キンツェルその人でした。彼は1963年春にピーロートに入社し、その後すぐ、設立されたばかり の新しい会社、ピーロート・フェール・エ・フィスにおける販売始動のためにフランスに赴きました。1964年、彼はカーサ・ヴィニコラ・ピーロートを設立 して、その全国的な販売活動を指揮するためにイタリアに赴任し、1965年に再びフランスに戻りました。
日本における会社設立は、酒類販売業免許や外国企業の所有権規則、輸入品割当制度の認可に関する問題が立ちはだかったため、通常より長い時間を要し ました。そこで当初、輸入は地元の輸入業者を通じて行っていました。しかし結局1971年6月8日に支店立ち上げの運びとなり、1974年5月17日、つ いにピーロート・ジャパン株式会社が設立されました。
当時日本においてはワインを飲む習慣はまだ根付いておらず、その後しばらくの間はそうした状況はあまり変わりませんでした。その結果、最初の3年間 の事業は小規模な「ワン・マン・ショー(個人商)」にならざるを得ませんでした。その後1972年春にようやく販売に関する運営拡大が始まり、初めて従業員が数人雇われる運びとなりました。その後事業は休まることなく着実に拡大し続け、現在では全国津々浦々に広がる35以上の営業所において500人を超える従業員が働いています。
事業開始当初1年間、輸入していたのはわずかドイツワイン4種類だけでしたが、その後少しずつワインは日本の人々に親しまれるようになり、人気も出てきました。今日ピーロート・ジャパン(株)は、洗練された知識も豊富な個人もしくはプロフェッショナルなお客様からの、年々増えつづける様々なご要望に お応えするため、世界16カ国から1,200種を超えるワインを輸入しています。輸入ワインの多くは、世界中に広がるピーロート・グループのワイナリーで栽培・製造されたものです。しかしながら同時に、ピーロート・ジャパン(株)はは様々な国々にある多くの著名なエステートやワイナリーの代理店としてもサービスをご提供しています。
個人のお客様へのサービスのご提供が会社の事業の中心であり続ける一方、1980年からはレストランとホテルといった規模の大きな、多種多様なお客様へのサービス提供も始め、事業を拡大しました。そして、2000年には卸売関連業者やデパート等への販売を行う卸売ビジネスにも参入し、以来それは会社全体の運営の重要な一部分を占めるようになりました。