ビシューフリッヒェン・ヴァインギューテルン

Home>Wines & more>ビシューフリッヒェン・ヴァインギューテルンについて
1)ワイナリーの歴史
 
“ビシェーフリッヒェン・ヴァインギューター”は実際、3つのエステートを傘下に持ち、その1つが“ビシェーフリッヒェン・プリースタースミナー”である。7世紀にトリールの大聖堂は、「我々の主の葡萄畑の為に、そして神の名誉の為に優秀な働き手を育てる・・・」という条件を含む、土地の一区画を与えられた。
 
このビシェーフリッヒェン・プリースタースミナーの畑は、1773年の選挙候クレメンス・ヴィンツェスラウスの贈与地に源を発する。現在は、エルデナー・トレップヒェン、トリッテンハイマー・アポテーケ、カーゼラー・ニースヒェン、アイラー・クップ等のような有名な名称を含む34ヘクタールを有す。この3つのエステート(Hohe ドームキルヒ、 ビシェーフリッヒェン・コンヴィクトを含む)は、100ヘクタール以上を所有し、ビシェーフリッヒェン・ヴァインギューターをモーゼル=ザール=ルーヴァー地域で最大の葡萄畑のオーナーにしている。ヒュー・ジョンソンの推薦の言葉を参照して下さい。
 
2)葡萄栽培と醸造
 
10月中に手作業で収穫され、注意深く葡萄が選別された。;オーク樽での醸造、ゆっくりとした低温発酵を行った。
 
 
 
3)1989ヴィンテージ
 
温暖な冬と大変暖かな3月の後、寒い4月が続き、6月中旬に開花。
 
リースリングは予想より早く熟し、健康な葡萄ができた。10月初旬に収穫が開始され、貴腐菌を生じさせた降雨は、ほんの数日だけであった。
 
クー・ベー・アーからトロッケンベーレンアウスレーゼとアイスワインまで、全ての等級のワインが造られたヴィンテージ。かなり多い生産量であった。
 
80年代で最も素晴らしかった2つのヴィンテージの1つ。
 
 
 

 
1989アイラー・クップ リースリング アウスレーゼ
 
 
 
トリールの監督教会派修道会
 
-トリールの監督教会派ワイナリー-
 
 
 
素晴らしい熟度と調和を持つザール=アウスレーゼ
 
貴腐菌のほのかなタッチを持ち、素晴らしくエレガント。
 
 
 
アイラー・クップ
 
葡萄畑:12.2ヘクタール
 
オーナー:Episcopal Convent(監督教会派修道会)、Episcopal Seminary
 
土壌:赤色がかった茶色の粘土岩が風化した、地中深い土壌
 
位置:南西向き
 
傾斜:50%
 
 
アイル近郊で鯨の様に湾曲する有名なザールに位置し、素晴らしくジューシーで酸味のあるリースリングワインを生み出す。“スモールイヤー”(偉大ではない年)でもアイラー・クップはそのポテンシャルを最大限に生かしている。
トリールの監督教会派修道会
 
Episcopal Seminary(監督教会派セミナリー)とちょうど同じように監督教会派修道会もまたその起源を、収益は実を結ぶとし、多くの少年が引き受けられていた“Seminarium St. Banti”にさかのぼる。1806年、カール・マネイ司教は大聖堂内に、後に“Kleines Seminar”(小さな学校)と呼ばれる大聖堂学校を建設した。
 
当初そこにあった手段が十分ではなかった為、19世紀初頭に私立団体が設立された。この団体の仕事は、無一文の少年達が聖職者になる為の勉強ができるようにする為、手段と方法を考え出すことであった。そうして1840年のイースターにこの修道会は16人の少年にその門戸を開いた。
 
 
 
監督教会派修道会は、モーゼル、ザール、そしてルーヴァーの河に約40ヘクタールの葡萄畑を所有し、次の個々の畑を持つ。:モーゼル(ピースポーター・ゴールトトロップヒェン、トリア・アヴェルスバッハ)、ザール(アイラー・クップ、アイラー・ヘレンベルガー)、ルーヴァー(エイテルスバッヒャー・マリエンホルツ、カーゼラー・ケイアーナーゲル)
  
監督教会派修道会の葡萄畑で最も大きな部分は、基金や寄付によるものである。最も古い敷地は、ルーヴァー近くのエイテルスバッヒャー・エステートで、選挙候であり大司教であったゼーテルンのフィリップ・クリストフ(1623-1652)が所有していた。1653年、このエステートは寄付を通じてトリアー・ドムカピテルに引き渡された。俗化の後、これは監督教会派修道会の会長である、高位聖職者ベルンハルド・ヨハネス・アンドレ(1860-1892)の所有へ移された。アンドレは、貧しい生徒がグラマースクールに通うのを可能にする為にこれを用いることを条件とし、このエステートを基金として監督教会派修道会に変えた。