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オーパス・ワン

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創立者
ロートシルト (ロスチャイルド) 家は、ヨーロッパの偉大なワインファミリーとして最も有名です。その中でも特に有名なのは、フィリップ・ド・ロートシルト男爵です。彼は、20歳の若さで、父、アンリ男爵からシャトー・ムートン・ロートシルトの経営を引き継ぎ、その後ワイン業界に革新をもたらしました。また、シャトー元詰めを考案し、著名な芸術家にラベルのデザインを依頼し、1979年にはロバート・モンダヴィとパートナーを組みオーパス ワンを創立しました。

1980年代にバロンが亡くなると、その娘、バロネス・フィリピーヌ・ド・ロートシルトが、コメディ・フランセーズやレノー・バロー劇場といった舞台から退き、彼女独自の鋭敏なスタイルと創造性をオーパス ワンのデザイン、建築、運営に取り入れました。

ニューワールドワインの偉大なパイオニアであるロバート・モンダヴィは、世界的にその象徴的な存在です。彼は、60年以上にわたり、あらゆることに最善を尽し、情熱的にカリフォルニアの高級ワインのルネッサンスをリードしてきました。また、創設間もないカリフォルニアワイン産業へ温度調節付き発酵タンクを導入したり、フレンチオーク樽による熟成、密植によるぶどう栽培を始めるなど数多くの業績を残しています。しかし、彼にとってワインだけがすべてではありませんでした。ワインと食事、音楽、芸術を融合させることで、アメリカの食文化を成長させました。アメリカ人としては、フランスのレジオンドヌール勲章の数少ない受賞者でもあります。ロバート・モンダヴィは、オーパス ワンの創立者の一人として、すばらしいビジョンを提供してくれました。

ストーリー
シャトー・ムートン・ロートシルトのワインメーカーであったルシアン・シオノーとロバート・モンダヴィの息子、ティモシーはパートナーを組み、1979年にロバートモンダヴィ・ワイナリーで初ヴィンテージを造りました。翌年、創立者たちは、公式にジョイントベンチャーを発表しました。

1981年、第一回のナパヴァレー・ワインオークションでこのジョイントベンチャーのワイン、1ケースが2万4千ドルで落札され、カリフォルニアワイン史上、最高価格を記録しました。1982年、ロバート・モンダヴィとフィリップ・ド・ロートシルト男爵は、ラベルのデザインにも取り組みました。二人は、ジョイントベンチャーの表記に英語圏とフランス語圏のどちらでもわかりやすいラテン語を選びました。

フィリップ男爵は、音楽用語で作曲者の第一番の偉大な作品という意味を込めて、オーパスという名前を発表しましたが、2日後、もう一つ言葉を加えて、“オーパスワン”という名前が提案されました。

1979年と1980年のヴィンテージは、オーパスワンの最初の発売として、1984年に同時にリリースされました。オーパス ワンは、その後、1本の価格が50ドル以上のワインカテゴリーを設定し、アメリカ初のウルトラプレミアムワインとして知られるようになりました。

1985年にルシアン・シオノーが退職した後、パトリック・レオンがシャトー・ムートン・ロートシルトのワインメーカーとして就任し、ティモシー・モンダヴィとともにオーパスワンのワインメーカーとして活躍しました。

3年後、フィリップ・ド・ロートシルト男爵は、享年85歳、フランスで他界しました。後に、バロネス・フィリピーヌ・ド・ロートシルトがファミリーのワインビジネスを引き継ぎます。同年、オーパス ワンは1985年ヴィンテージを海外へ輸出し、フランス、イギリス、ドイツ、スイスでウルトラプレミアムクラスの初のカリフォルニアワインとして販売されました。

ワインの国際的な需要は高まり、1999年には、創立20周年を祝うためにオークヴィル、ニューヨーク、パリ、ロンドンで垂直試飲とガラディナーを開催し、2001年には、20年目の発売となる1998年ヴィンテージを祝うイベントが東京と香港で開催されました。

ワイナリーの取締役会は、2004年にデヴィッド・ピアソンをCEO (最高経営責任者) として任命し、オーパス ワンで初めて一人ですべてを管理する責任者となりました。マイケル・シラーチは、その後、ワインメーカーに任命され、栽培と醸造の両方の責任を一人で担うことになりました。

2005年、コンステレーション・ブランズ社は、ロバートモンダヴィ・コーポレーションを買収し、オーパス ワンの50%を所有することになりました。バロネス・フィリピーヌ・ド・ロートシルトとコンステレーション・ブランズ社長兼COO (最高執行責任者) であるロバート・サンズは、バロン・フィリップ・ド・ロートシルト社とコンステレーション・ブランズ社との間で結ばれたオーパス ワン協定を発表しました。これは、オーパスワンの栽培、国内および海外での販売、運営といった3つの主要分野において、オーパス ワンが完璧な経営の独立権を持つというものです。

ワイナリー
1984年、フィリップ男爵とその娘のフィリピーヌ、そしてロバート・モンダヴィは、オーパスワンワイナリーの設計士としてジョンソン・フェイン・ペレイラ社のスコット・ジョンソンを選びました。1989年7月には、新しいオーパスワンワイナリーが着工され、1991年まで建築工事が続きました。その年、バロネス・フィリピーヌ・ド・ロートシルトとロバート・モンダヴィ家は、オーパス ワンで初めての収穫を祝いました。 洗練さと優雅さを兼ね備える オーパスワンは、その姿を急いで現そうとはしません。ワイナリーも同様です。建物自体、地面から盛り上がるような形状をなし、古典的なヨーロッパの要素と近代的なカリフォルニアの要素が混ざり合い、その特色溢れる美しさが次第に現れてきます。

中央の中庭は柱廊で区切られ、建物の至るところで建築上のモチーフを見ることができます。ワインと同様にワイナリーもニューワールドとオールドワールドの建築が融合されています。近代的な素材として選ばれたカリフォルニアのレッドウッドとステンレス鋼が、クリーム色の石灰岩と並立して組み込まれています。

オーパス ワンの閑静な外観は、ぶどう畑や丘陵地の広がるナパヴァレーの自然に溶け込んでいます。また、土地や環境、光も大切にしています。

ワイナリーで最もフォーマルな場所であるサロンには、18世紀イタリア製のオペラの椅子が近代的なシュニールのソファーやスエードの椅子と向かいあって配置されています。また、明るい色塗りの近代的な陶製の置物が、15世紀に遡る石灰岩のマンテルと並べられています。あらゆるコントラストで配置されたこのサロンは、オールドワールドとニューワールドの鋭敏な感覚が巧みに融合する場所でもあります。

オーパス ワンの建物の壁や天井は手作業で漆喰が塗られ、表面は淡い色でありながら、光を感じさせる黄色で仕上げられています。
オブジェと空間を均等にすることを重視する東洋の考え方は、螺旋式階段の手すりにもうかがえます。欄干は光と陰が組み合わさるように型抜きされ、ワイナリーも同様にその周囲をとりまく環境にうまく溶け込んでいます。

この建物の建築家であるスコット・ジョンソンは、オーパスワンワイナリーを“宝石箱のように内向き収まっている”と表現しています。半球状に建てられた建物は、青草の茂るバーム (犬走り) に囲まれています。
光沢のある黄色い内壁のロタンダ (円形のロビー) は、魅力的で心休まる雰囲気の空間です。その中央にはピラミッド形の天井から穏やかな光が差し込み、ギャラリーへと続く螺旋式階段を照らしています。ギャラリーはワイナリーのセラー階の入り口にあります。

ワイナリーの上の階がそうであるように、階段の吹き抜けは、近代的な軽い色合い、そして控え目ではありますがフォーマルな雰囲気です。この優雅なムードを創り出す一つのスタイルとして、クラッシックなヨーロッパの建築によくみられる鏡のイメージを使っています。
自然な光の照明を受けるロタンダから続く地下への階段は暗めの照明で、ドラマチックな演出をしていいます。ワインはワイナリーの地階にある涼しいセラーで熟成されます。明るい吹き抜けの最下段にたどり着くと、かすかなオークの香りが感じられます。
吹き抜けの中央に置かれた円卓の上では、豪華な胡蝶蘭が花を咲かせています。香りのない白い胡蝶蘭はオーパス ワンの建物の至るところに置かれています。このエキゾチックな花は、ワイン造りを邪魔することなく、ワイナリーを引き立ててくれます。

オーパス ワンの地階には、古典的な金属製の燭台が取り付けられ、飾りのないギャラリーの壁とは対照的に放射線状に光を放っています。この壁のちょうど反対側では、理想的なセラー環境のもと、2 年間ワインが熟成されています。
ギャラリーを離れると、ワイナリーの中心部にあたるオーパスワンの試飲ルームへと続きます。このガラスの壁の向こうは、オーパスワンのヴィンテージすべてが眠るグラン・シェです。冷涼で、半円形のこのセラーは地上のバーム (犬走り) のちょうど真下にあたります。
約千個の樽が並ぶグラン・シェでは、1年目のワインがフレンチオークの新樽で 育まれ、熟成されます。グラン・シェの中央から眺めると、そのカーブは無限に広がるように見えます。このセラーは、実際には半円形で、ちょうど真上にあたる中庭と同じ形となっています。

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